ビデオゲームとイリンクスのほとり

ビデオゲームを中心としたレビュー・コラム記事です。 Twitter ID: @turqu_boardgame

ダウンロードコンテンツや課金要素はどのように嫌われているのか? - 課金嫌いを分類する

タイトルを見て、ちょっと違和感を覚えた人もいるかもしれない。この記事は「なぜ嫌われているのか」とか「どうして嫌がられているのか」ということを問う記事ではない。「どのように嫌われているのか」をまとめた記事だ。つまり、"Why?"ではなく"How?"である。

もちろん「課金要素を嫌う」「ダウンロードコンテンツDLC)を嫌う」と言っても、様々な形がある。それらを一度整理したいと思い、記事を書いた。また、早晩「DLCや課金要素が嫌われる時代」は終わってしまうのではないかと思っている。そうなる前に、どのようにDLCが嫌われているのかを書いておきたかった*1

本記事は、主に家庭用ゲーム機を対象にしている。PCゲームやモバイルをはじめとしたソーシャルゲームは対象外としている。筆者自身がほとんどその世界を知らないからというのもあるが、傍目にはPCゲームファンやソシャゲファンの多くが「DLC及び課金要素」というものと既に和解しているように見えるからだ。そのため、まだまだ素朴に「憎悪の対象」になりがちな家庭用ゲーム機における「DLC及び課金要素」を主な対象にしたいと思う。

また、一口に課金と言っても様々な形態がある。「アイテム課金」「追加シナリオ」「月額課金」「シーズンパス」など。これらを本記事ではまとめて「DLC及び課金要素」という言い方で表現する。ちなみに「DLC及び課金要素」の対になるものを「本編」という言い方で表現する。これはいわゆるパッケージとして売られているゲーム本編を指す。

先ほども言ったとおり、一口に「DLC及び課金要素」と言っても、様々である。当然、それぞれで異なる嫌われ方をしている。ひとくくりにするのは乱暴だが、本記事では課金形態による分類ではなく、「嫌う理由」で分類したいと思う。例えば、ある一つの課金形態に対して、異なる理由で嫌悪感を示している場合がある。また、異なる課金形態でも同じ理由で嫌われている場合もある。嫌う「理由」を分類することで、私たちが「どのように嫌っているのか」を示してみたい。

前置きはこのぐらいにして、本題に入ろう。本記事では「DLC及び課金要素」への批判を以下の6つの立場に分類している。

  • (1)反儲け主義
  • (2)コスパ主義
  • (3)モノ主義
  • (4)完成品主義
  • (5)プライスレス主義
  • (6)事前説明主義

本記事で参考にしたサイトはあくまで筆者の観測範囲に入ったものでしかない。網羅的な調査では決してないので、主観的な分類に過ぎない点は留意願いたい。

それでは、それぞれのカテゴリーについて見ていこう。

 

 

(1)反儲け主義

【具体例】

『課金ガチャ、有料DLCやら最近のゲームの売り方って汚いよな』:思考ちゃんねる

 

【特徴】

これはネット上でよく散見される意見である。しかし、はっきりとした理由や根拠があるわけではない。まとまった記事としてこうした主張を大まじめにしているものは少ない(具体例を挙げようにも、どこかのスレッドの特定のレスとか、そういう形で現れることが多い)。こうした発言に対しては、むしろ反論している内容の方がまとまった記事としては書かれている。例えば次のような記事だ。

バンダイナムコゲームススクウェア・エニックスが「拝金主義」と必要以上に叩かれているのは間違っていると、私は思っています。

『「課金システム=拝金主義」という発想が、レトロすぎる。』 : レトロゲームレイダース 最後のゲー戦

このように反論される反儲け主義は、実態としては別の理由(後述する(2)~(6))が背景にある場合も多い。そういう場合は、その背景にある理由こそが、「DLC及び課金要素」への反発の本質であると考えられる。

ただ、ここでは、特に明確な根拠なく呪詛のように語られる「金儲けのことばかりをアイツら考えやがって!」という批判をこのカテゴリーに入れることとしたい。これは一種の隔離的なカテゴリーである。「DLC及び課金要素」への批判が、こうした反儲け主義で終わってしまっては議論を重ねることは難しいだろうと考える。

 

 

(2)コスパ主義

【具体例】

『【コラム】賛否を巻き起こすデジタル販売の価格設定』 :Choke Point  [原文:Editorial: Downloadable Content Gone Wild - IGN]

『月額課金を「嫌い」と言う理由』 :やまなしなひび-Diary SIDE-

ビデオゲームにおける最も侮辱的な10の課金要素(英語)』[原文:The 10 Most Insulting Things Video Games Charged Money For | Cracked.com]

 

【特徴】

DLC及び課金要素」で得られるコンテンツが、その価格に対してパフォーマンスが見合わないという主張がこれである。典型的な例としては、かつてXBOX360版「アイドルマスター」に対して外野から発せられた発言が挙げられるだろう。「あんな着せ替え衣装に何千円・何万円も出すなんて信じられない」というアレである。また次のような発言もこのタイプのものである。

だが、ダウンロード・コンテンツはまるで開拓時代のよう。ダウンロード・ゲームとアドオン・コンテンツの価格設定は、物によって不釣合い過ぎるのだ。

『【コラム】賛否を巻き起こすデジタル販売の価格設定』 :Choke Point

世界的にも有名な例であればこれだろう。大作RPGオブリビオン』で提供されたHorse Armorだ。文字通り馬の鎧だが、その微妙すぎるデザインが、多くの人にDLCへの不信感を根付かせたことは想像に難くない。

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↑もはや「ムダすぎるDLC」の代名詞としてギャグにもなっている『TES4:オブリビオン』のHorse Armor。

 

また少しニュアンスは異なるが、コスパ主義の例として、こちらの記事『月額課金を「嫌い」と言う理由』 :やまなしなひび-Diary SIDE-が挙げられる。当該記事は決して月額課金自体にダメ出しをしているわけではない。月額課金だとあまりプレイできない期間でも決まって料金が掛かってしまうことへの懸念が書かれている。これは月額課金という形態の(書き手にとっての)コストパフォーマンスを問題にしている。逆に、それを受け入れられる人にとって「月額課金がいい仕組みである」と言及されている点は重要だろう。

これに似たものとして、『DLCを嫌う5つの理由(英語)』[原文: 5 reasons to hate DLC]という記事がある。この記事では、DLCを嫌う4番目の理由としてシーズンパスの問題に触れている。これはシーズンパスを事前に買ってしまったものの、あまりそのゲーム自体を好きになれなかった場合、その後リリースされるDLCでは十分に元を取れないという話だ。こちらも、シーズンパスという販売形態のコストパフォーマンスに関する内容と言える*2

このカテゴリーの批判は、個々のコンテンツ内容とコストのバランスついてのものである。単純に「DLC及び課金要素」一般の話へと広げているわけではないところが重要だ。個々の具体的な販売形態や中身について言及しており、ある意味冷静な意見が多い。そのため、コストパフォーマンスが見合うものであれば、「DLC及び課金要素」であっても受け入れる可能性のある立場であると言える。

 

 

(3)モノ主義

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【具体例】

『正直、ゲームソフトをダウンロードして購入するのって気分が乗らないよね』 :ゲーハー黙示録
(特に>>1氏の発言)

『ゲームのダウンロード版がクソな理由wwwwww』 :2chをまとめた結果wwwww

(特に>>1氏の発言)

『物理的な商品がない。触ることもできない!』 : 僕らがDLCを嫌う11の理由(英語)[原文: Photo Gallery for 11 Reasons We HATE DLC | ScrewAttack.com]

 

【特徴】

これは、購入に際して物理的な商品を求める人の批判である。次のような感慨も持つ人はまだまだ家庭用ゲーム機ファンには多いのではないかと思われる。

1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/04/25(木) 23:09:34.89 id:efe4aRHX0

外箱に取説の冊子(最近はないけど)、ディスク・カードのカセットが揃わないとどうも落ち着かない

『正直、ゲームソフトをダウンロードして購入するのって気分が乗らないよね』 :ゲーハー黙示録

 

DLCは形を持たないデータであり、マニュアルも箱ケースもメディアも存在しない。それは物理的な実体を伴わない。そこに寂しさを覚える。こちらの記事「僕らがDLCを嫌う11の理由(英語)」の11番目の理由「触ることができない」がまさにこの気持ちを端的に表現している。特に、レトロゲーマーに多い感覚かもしれない。

この批判は単に物質的なモノに限らないと考えられる。例えば、「アンロックキータイプのDLCは嫌だ」という発言を目にすることがある*3。これは、実質を伴わないDLCへの批判である。わずか数キロバイトの解除キーに金を出すことへの抵抗感はなるほど理解できる。せっかく金を出したのだから、それ相応のデータ量をダウンロードしたいという欲求もあるだろう。これも一種のモノ主義に相当するのかもしれない。

 

 

(4)完成品主義

【具体例】

『ジョジョASB ファンの気持ちを裏切った結果』 :ゲーム業界ニュース] All About

『守銭奴すぎるバンダイナムコゲームスの初期費用+課金ゲーム一覧』 :カゲヒナタのレビュー

『ゲームの未完成商法とその未来(例題にDOA5)。』 :Out of base ぶろぐ

『DLCをやって完結するストーリー(FINAL FANTASY XIII-2 感想)』 :ほのぼの げ〜む びより/ウェブリブログ

マスエフェクト3 Extended Cut: 長所・短所・不快さ(英語)』[原文: Mass Effect 3 Extended Cut: The Good, Bad, And Ugly - Features - www.GameInformer.com]

 『僕らがDLCを嫌う11の理由(英語)』[原文:11 Reasons We HATE DLC | ScrewAttack.com] (特に#3、#4、#5、#10が該当)

DLCを嫌う5つの理由(英語)』[原文:5 reasons to hate DLC](特に#1、#2、#5が該当)

【特徴】

このタイプの批判は非常に多い。本記事における2大DLC批判の一つが、この「完成品主義」であろう。典型的な例が、ジョジョASBなどで話題にもなった「このキャラを使うのに、追加で課金しないといけないのか!」という感覚だ。ゲームでやりたいことがあっても、本編だけではできず、追加のDLCを買わないといけない。この「人質に取られた感じ」や「足元みやがって」という反発は、とても興味深い。ユーザーとしては本編に含まれるべき内容に対して、ある程度の「想定(期待)」を持っているということである。

ファイナルファンタジー13-2」のDLC「女神の鎮魂歌」でもう一つのエンディングが追加されるとして話題になった。これなども明らかにそうしたエンディングは本編に入っているべきだというユーザーの期待と齟齬をきたした例だと言える*4

また、衣装やアバターへの批判はその多くが前述の(2)コスパ主義に基づく場合が多い。しかし、中には、この完成品主義に基づくパターンの意見がある。衣装やスキンなど細かな要素を切り売りするのではなく、本編に元々入っていてしかるべきではないかという批判だ。これは高い安いというコスパの問題よりも、むしろフルパッケージの完全版を求める完成品主義に立つ批判と言えるだろう。

そしてまさに「後で完全版が出るから、買いたくない」という意見がこのカテゴリーに属する*5。これは完成品としての完全版を求めるということであり、DLCのない本編を未完成な商品だと感じていると考えられる。*6

少し変わった意見だが、GameSpotというサイトのフォーラム「DLC:好き?キライ?(英語)[DLC: Love it or hate it? - Games Discussion - GameSpot]」では次のような面白い意見がある。

「ゲーム本編の発売日と同日に、DLCに分けて発売するのはひどいと思う。まさに犯罪的だよ。」- Amster_G氏の意見

この意見が面白いのは、DLCの発売のタイミングを取り上げている点だ。DLCをリリースすること自体を責めているのではない。DLCが本編と同時に開発されているにも関わらず、本編とは別商品として同時に販売していることに反発している。同時に開発しているなら、ちゃんと本編の中に始めから含んでおいて欲しいということだ。

これは単に消費者のわがままとして切り捨てられる話ではないだろう。例えば任天堂の岩田社長がまさしくこうした反発に応答する次のような話をしている。

「『New マリオ 2』の追加パックは、本編を完成させたあとで、お客さんがどのように遊んでいるのかを分析して開発をはじめましたし、本編のボリュームについても、「追加コンテンツがあるから少ない」ということはないようにしていたつもりですが、それでも、「何で最初から入っていないのか?」と感じられた方もいらっしゃいましたからね。」

Wii U|社長が訊く『New スーパールイージ U』|Nintendo

「本編を完成させたあとで、(略)開発をはじめました」とわざわざ言っている箇所に注目である。ここでは、未完成品、ましてや完成品を削り取ったような「未完成にされた本編」に不満を感じる人への理解が示されている。完成品主義による反発は、まさに「本編に対する完成品としての期待」の問題だと分かる。

次の画像は、DLC批判で度々取り上げられる画像である。昨今のDLCモナリザの絵を切り貼りするような販売だと揶揄している。こうした批判がどれほど実情を捉えているかは、議論があるだろうが、「DLC及び課金要素」に対してこうした印象を持っている人は多いのだろう。まさに「完成品主義」を象徴する画像である。

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しかし、いったい完成品としてのゲーム本編とは何だろうか。これはかなり難しい問題だ。ゲームほど「どこまでが完成品で、どこまでが未完成なのか」の境目が見えづらいものはない。物語が完結していなければ、未完成なのか。ボリュームが少なければ未完成なのか。その判別は容易ではないだろう。そして、その難しさは次のようなケースにも現れる。

小売店固有のDLCAmazon限定DLCなど)やハード独占DLCXBOX専用DLC、PS専用DLCなど)に対する反発がある*7。これらも一種の完成品主義に含まれると考える。同じ値段を出しているのにも関わらず、なぜ一方のソフトは特定のDLCが入手できて、もう一方のソフトは同じDLCを入手できないのか。同じ商品を買っているなら、同じコンテンツ体験ができるべきだ、という考えだ。これは完成品としてのフルパッケージには、「公平性」を求める気持ちが働いていることを示している。完成された商品には「全ての人へのゲームプレイの平等性」が求められているのかもしれない。

似たような話として次のようなマルチプレイ用追加マップへの批判もある。

先ほど取り上げたフォーラム「DLC:好き?キライ?(英語)」 のguynamedbilly氏の発言がこれに該当する。

ぼくが嫌いなタイプのDLCはマルチプレイヤー用のマップパックだね。これは最悪だね。だって、コミュニティが分断されて、ゲームの一部を殺してしまうから。

DLC: Love it or hate it? - Games Discussion - GameSpot

「コミュニティが分断される」という言い方はとても印象的である。例えば、Call of Duty:Modern Warfare2(MW2)を仲良く遊んだ二人がいたとしよう。MW2のある追加マップを一方が持っていて、もう一方が持っていない場合、二人でそのマップを遊べないことに不満を覚えるかもしれない。DLCは嫌なものだという話になるかもしれない。しかし考えてみるとMW3という続編であればこうした反発は起きない。単に持っていないという話でも、続編のMW3を一緒に遊べないのは許せるのに、MW2の追加マップだと途端に許せなくなる。これはまさに「本編に対する完成品としての期待の問題」であることを示している。

完成品主義に基づく不満は、「DLC及び課金要素」という商品が、ゲームの世界においては本編と地続きであるのに、現実社会においては別の商品である、という不整合に伴う問題だ。そこに「期待された本編」と「実態としての本編」との乖離が生じる*8

しかし、人によって「完成品」として何を期待するかは大きく異なっている。ここに「完成品主義」への対応の難しさがある。個々人の感覚の違いは、これまでの個人的な経験や経緯や商慣習にも依存する*9。何を持って「完成」とするか。この感覚は単に変化していくだけでなく、多様化していくと考えるべきなのかもしれない。

 

 

(5)プライスレス主義

【具体例】

『レベルをお金で買うと何かが壊れる気がする』 : [ゲーム業界ニュース] All About

『ゲームの“御褒美”を有料DLCにするのはやめて欲しい』 :やまなしなひび-Diary SIDE-

『私がソーシャルゲームをつまらないと思う理由・あるいはゲームから「プロセス」が剥ぎ取られていく、という話』 :不倒城
(ただし、コレはタイトルからも分かるように家庭用ゲーム機を対象とした記事ではありません)

 『なぜコアゲーマーは基本プレイ無料ゲームを嫌うのか?(英語)』 [原文:Why Core Gamers Hate Free-to-Play - IGN]

【特徴】

これまでに挙げた4つのカテゴリーの批判に対して、このプライスレス主義にもとづく批判は、とても心理的なものである。そしてこれは、「完成品主義」に並ぶ2大「DLC及び課金要素」批判のもう一角であると言える。

プライスレス主義は、言わば、レベルアップを金で買うような行為に対する嫌悪感である。筆者が家庭用ゲーム機の世界で、これに最初に遭遇したのはXBOX360版『テイルズ・オブ・ヴェスペリア』である。当時としては珍しく、直接レベルアップできるようなアイテムをダウンロード販売した。すぐさまこの話は2chやネット上で小さな炎上のような状況を呈した。

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TOVの販売アイテム。赤枠がLVアップのためのアイテム。当時、かなりの反発があったと記憶している。

 

ゲームに費やす時間を金で買う行為は、ゲーム行為への冒涜になるという感覚だ。先ほど月額課金の話題で取り上げた「やまなしなひび」の記事にある以下の文章はこのプライスレス主義の典型的な意見であると考える。

有料DLCは「買いたくない人は買わなければイイ」という意見もあるでしょう。
 でも、私にとってはそうではないんです。「御褒美」の部分を有料DLCで代替されるだけで、「挑戦」する気が起きなくなりますし、達成感が得られなくなってしまうんです。

『ゲームの“御褒美”を有料DLCにするのはやめて欲しい』 :やまなしなひび-Diary SIDE-

そして、私、筆者自身も、こちらで同じような趣旨のコラムを書いたことがある。これは「金」という交換性の高い物質にゲーム行為を交換してしまうことで、ゲームプレイという行為の崇高さが失われるのではないか、という内容である。

100時間かけてレベルを50にする人がいる一方で、たった5分、お金を払っただけで同じレベル50のキャラを育成できたとしたら、100時間かけた人の行為は一体なんなのか。怒りは湧かなくても「なんかちょっとむかつく」という気持ちは十分理解できるものだろう。もちろん「時間をかけてレベル上げ」だけではなく、「戦略を立てる」とか「謎を解く」とか「操作スキルを磨く」とか、対象は何でもいい。「かけがいのないゲームプレイ」へのロマン的な感性こそが、このプライスレス主義の住処である。

海外でも同じような意見はある。IGNのコラム「なぜコアゲーマーはF2P(基本プレイ無料ゲーム)を嫌うのか(英語)」に次のような情緒的な一節がある。

 金を払ったゲームをプレイすることには純粋さ(purity)というものがある。これはほとんどの基本プレイ無料ゲームで失われていることだ。ビデオゲームとは、ともかく現実逃避(escapism)なのである。その体験に侵入してくるリアルワールドのお金という考えには、ある種の下品さ(indecency)がある。だからこそ、多くのゲーマーはフリーのボーダーランド2よりも、60ドルを払って遊ぶ体験の方を選ぶ。我々の多くは、プレイ経験の誠実さ(integrity)を守るために、高くても事前に払おうとするのだ。

Why Core Gamers Hate Free-to-Play - IGN

先ほど挙げた(4)完成品主義が「商品としてあるべき姿」を求めるのに対して、プライスレス主義は「ゲームとしてあるべき姿」を求める立場だと言える。人によって異なるのも勿論だが、その2つの立場を同時に抱え込む人もいるだろう。基本無料のゲームに対する複雑なわだかまりはこの2つを同時に感じる感覚に近いのかもしれない。

なお、この主義における重要な特徴は、「食わず嫌いになりがち」という点にある。「金で買う」という行為が、プライスレスな行為を台無しにしてしまう。そのため、その「DLC及び課金要素」を購入してみるという状況や気持ちに中々なりづらい。(正直に言えば、筆者自身もそういう面がある)。(2)コスパ主義者は、コスパが見合えばDLCでも買うことに躊躇わない。(4)完成品主義者も、本編とは別物だと思えればDLCを購入するだろうし、DLC同梱の完全版について抵抗を感じたりはしない場合も多いだろう。その点、プライスレス主義は「ゲームとしてのあるべき論」でもあり、根源的な批判であるため、課金者と無課金者の対立が最も先鋭化するのではないかと思われる。

 

 

(6)事前説明主義

【具体例】

『なぜ家庭用ゲームの「アイテム課金」は嫌われるのか?』 :ゲームかなー

『(2ページ目) ジョジョASB ファンの気持ちを裏切った結果』 : [ゲーム業界ニュース] All About

『アイテム課金に関して』 :島国大和のド畜生

 

【特徴】

これは、事前説明したかどうかを「DLC及び課金要素」に対する評価の基準とするという立場である。

つまりどんなあくどい(?)「DLC及び課金要素」をやってもいい。しかし、事前にできるだけそのことを公表し、説明していることを重要視する(後述の記事を読んでいただければご理解いただけると思うが、本気で「あくどいDLC」でもOKと思っているわけではない)。DLCでどのキャラクターを追加できるのか。アイテム課金で強力な武器を配信する予定はあるのか。何を買わないと対戦ができないのか。など、できる限りの説明を求める。逆に説明されていないことに強い不満を覚える立場だ。なお、筆者自身はこの立場である。具体的には次のような意見がこれに近い。

結局はソフトメーカーがゲームファンに対して課金要素の説明を嫌がっているのが逆に反発を喰らう要因なのでは?と私は考えています。

『なぜ家庭用ゲームの「アイテム課金」は嫌われるのか?』 :ゲームかなー

さらに悪いことには、この課金しなければプレイが制限されるというキャンペーンモードの情報をバンダイナムコゲームスが発売直前まで公開しなかったことです。

『(2ページ目)ジョジョASB ファンの気持ちを裏切った結果』 :[ゲーム業界ニュース] All About

事前説明を求める事は、前述の(1)~(5)のどのような立場の人であっても、それぞれの立場での不満を軽減する効果があるのではないかと思われる。

しかし、事前説明主義の難しいところは、ゲームの購入に際しては事前に情報を「積極的に集めない」人も多いところだろう。どれだけ事前に説明を尽くしていても、新鮮なゲーム体験を求める人の中には、自覚的に情報を遮断する人がいる。そういう人は、事前説明主義との折り合いを付けることが難しいかもしれない*10

 

 

■最後に

上記の分類は、あくまで筆者自身の観測範囲に入った意見や発言をもとにしている。またその分類にも色々と問題があるように思う。【具体例】で挙げたリンク先記事も、筆者の分類に属する内容だけを述べているわけではない。しかしこうした課金を巡る様々な意見を読んで、最後に思ったことを2点書いてみたい。1つは、筆者がなぜ事前説明主義の立場に立っているか、ということ。もう一つは、こうした分類にどのような意味があるのかということについてである。

~筆者が事前説明主義の立場を取る理由~

筆者がこの立場を取る理由は、「良いDLC」や「悪い課金要素」というもの を、そのDLCの形態やジャンルによって判断することは難しいと考えるからだ。例えば、衣装やアバターなど見た目だけに影響のあるDLC(=強さに影響し ないDLC)はOKだと思う人は多いかもしれない。しかし、任天堂の「わがままファッション ガールズモード」にアイテム課金が導入され、新たな衣装をリアルマネーで買うことができるようになったら、多くの「ガルモ」ファンは非常に嫌な気持ちにな るだろう。このようにDLCの形態やジャンルだけで善し悪しを判断することはきわめて難しい*11

 そこで、判断基準にすべきじゃないかと思うのが「事前説明の有無」だ。つまり「事前に十分説明できるDLCは良いDLCと言えないかと思っている。逆に「事前に十分説明できないDLCは悪いDLC」であ る。どんなDLCや課金要素を用意してもかまわないが、それがどういうものかを事前に説明することが当たり前になる文化を求めたい。そして、その文化こそ が、「悪いDLC」を淘汰し、「より良いDLC」が生き残って行く未来へと繋がるのではないかと(能天気に)筆者は思っている。まずは、島国大和氏の語る 「初期投資で得られるものについて宣伝等に誤認狙いが含まれない」というのが理想である。

~課金嫌いを分類する意味~

おそらく、「DLC及び課金要素」批判において、2つの意見が別カテゴリーに属する場合、その両者は議論の成立が難しいのではないかと思っている。たとえば、(4)完成品主義と(5)プライスレス主義では、同じ課金要素の話をしていても、議論が噛み合わないことがある。以下のような例で考えてみよう。

ある続編のゲームで、ゲームクリアに有利な要素が課金要素として組み込まれている場合、それはどう見えるだろうか。もし前作に「イージーモード」があったとしたら、人によっては、それは前作では仕様として組み込まれていた「イージーモード」を課金要素として、削り出したように見えるかもしれない。「前作では普通に存在していた要素を削って、それを課金要素とするとは何事だ!」と怒る人は完成品主義者として怒っている。しかし一方で、前作の仕様とは無関係に「クリア時間を短縮する課金要素なんて、ゲームの面白みを殺いでいるじゃないか!」という怒りを感じる人は、プライスレス主義者として怒っている。

 この二人は同じ課金要素について怒っているが、実は全く別の理由で怒っている。そのため、お互いに感情的な合意はできるかもしれないが、議論は成立しづらいのではないだろうか。もしかしたら修正パッチによって、この仕様が「改善」されたとしても、一方は怒りを納めることになるが、一方は怒ったままという事態もありえる。もちろんだが、一人の人間が同時に色々な立場に立つこともある。

 本記事のカテゴリー分類が十分であるとは思わないのだが、同じ「理由」を抱えているかどうかと立ち止まることができれば、お互い議論を積み重ねることもできるかもしれない。筆者を含めた多くのオールドタイプのゲーマーにとって、本記事が「私はDLCや課金要素の何がイヤで怒っているのか」ということを考えるきっかけになれば、幸いである。

*1:参考記事:『UBISOFT副社長が語る。「もはやDLCは嫌われていない」』[原文: People no longer hate DLC, according to Ubisoft | VG247]

*2:こちらの記事も参考になる。『DLCシーズンパスを買う長所と短所(英語)』[原文: The pros and cons of buying a DLC Season Pass]

*3:『アンロック方式のDLCについてどう思いますか?』結果発表 :Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

*4:『DLCをやって完結するストーリー(FINAL FANTASY XIII-2 感想)』 :ほのぼの げ〜む びより/ウェブリブログ

*5:DLC全部入りのGOTYエディションが出るんでしょ』 :僕らがDLCを嫌う11の理由:3番目の理由(英語)

*6:DLCを嫌う5つの理由(英語):1番目の理由

*7:僕らがDLCを嫌う11の理由(英語):5番目の理由DLCを嫌う5つの理由(英語):2番目の理由

*8:ちなみに、アサシンクリードGTAシリーズなど世界的なトリプルAタイトルでは、DLCの追加シナリオの主人公が、本編とは別の主人公になっている ケースが目立つ(GTA4、アサクリ4、Watch_dogs)。これは、DLCが商品として別物(現実世界)であることと、ゲーム内容も本編とは別物 (ゲーム世界)であることで、現実世界とゲーム世界との整合性が取られているのではないかと推測する。DLCを本編とは全く別の物語とすることで、本編の 完成品としてのポジションを劣化させない効果がある。だからこそ、やりたい人だけがDLCを購入して、やらない人もそのことに特に引け目を感じる必要がな く、自らの完成品主義に傷をつけられることがないというメリットがあるのではないだろうか

*9:例えばアーケードゲームでは一回プレイするのに100円掛かったが、ファミコンの登場により、ソフトを1度買えば何十回遊んでも追加で料金が掛からなくなった。こうした体験を鮮烈なものとしている人にとって、再び「DLC及び課金要素」という従量課金制が家庭用ゲーム機の世界に導入されることは、あるべき姿(期待)に対する重大な欠陥に見えるだろう。実際に何十回も遊ぶかどうかは別にしても、「可能性を殺されることの不快感」というのはなかなか根強いのではないかと思われる。この「遊ぶかもしれない可能性を担保できる」というのも、長い間、家庭用ゲームソフトの商品として期待されてきた一つの要素だと言える

*10:個人的には、Amazonの商品説明ページにも本編とは別に予定されている「DLC及び課金要素」についての説明が書かれるくらいが良いのではないかと思っている

*11:「ゲーム性に関わるところで課金してほしくない」という意 見があるが、まさにその「ゲーム性」という言葉の難しさと同根であると言える