ビデオゲームとイリンクスのほとり

ブログになる前の軽い話は以下で話してます。■Discord : https://discord.gg/82T3DXpTZK 『ビデオゲームで語る』 ■映画の感想は『映画と映像とテキストと』というブログに書いてます。https://turque-moviereview.hatenablog.com/ ■Twitter ID: @turqu_boardgame

映画などの感想についてはこちら『映画と映像とテキストと』で書いています。

 

 

『Switch スポーツ』は既存のオンライン対戦ゲームの脱落者にこそ響く

2022年4月に発売された『Nintendo Switch Sports(以下、Switch スポーツ)』をゴールデンウィークに家族で楽しんだ。

f:id:tuquoi:20220509232643j:image

Wiiスポーツ』の不思議な魅力

『Switch スポーツ』は、かつて『WiiスポーツWii Sports)』(2006)を夢中で遊んだことを思い出す楽しさだ。当時、Wiiというハードと一緒にリリースされた『Wiiスポーツ』には革新性を強く感じ、Wiiというハード自体にも感動したものだった。もちろん2006年当時でもWiiリモコンが決して高度な検知ができるデバイスでないことはなんとなく感じていた。そして後に、Wiiモーションプラスが発売されたことを考えると、実際、Wiiリモコンでできることは少なかったのだろう。しかし、だからこそ、『Wiiスポーツ』の楽しさにはどこか魔法が掛かっているような蠱惑的な魅力があった。「なぜこんな稚拙なセンシングでこんなにも楽しい遊びが実現できているのか?!」という驚き。それは余計に『Wiiスポーツ』という作品の神秘性を高め、人を「信者」にしかねないような魅力になっていたと言える。

とはいえ『Wiiスポーツ』は、ずっと長く遊び続けられるような作品ではなかった。しかし、当時の重厚長大で金を掛けたゲームでは創出できなかった独特の価値を提供していたことは間違いないし、時代の谷間のような偶然的な要素にも助けられたのかもしれないが、唯一無二のビデオゲーム作品であったとは言えるだろう。

ほぼオンライン専用ゲームとして生まれ変わった『Switch スポーツ』

では2022年に復活した『Nintendo Switch Sports』はどうなのだろうか。本作の特徴は、オフラインの場合、多くの要素がほとんど利用できないという点にある。もちろん6種類の競技は全て遊ぶことはできるが、オフラインだと経験値ポイントやアイテムなど、ゲーム内で蓄積できる要素はほぼ利用できない。オフラインでは一人で黙々と攻略できる要素がほとんどないのだ。CPU戦は3種類の難易度しか用意されておらず、しかもCPU戦の戦績は一切記録としても、ポイントとしても残らない。『世界のアソビ大全51』(2020)もかなりスッキリとした作りだったが、まだ各難易度でCPU戦に勝利した記録や最高得点はマイレコードとして残った。しかし『Switch スポーツ』では一切オフライン戦の記録は残らない。

一方、オンラインで遊ぶには、本体4300円にプラスして月額306円(年額2400円)のニンテンドースイッチオンラインというサービスに加入するしかない。家族で複数人で遊ぶ場合はファミリープラン(年額4500円)に入った方がいいだろう*1。そんなわけで、『お試しモード』があるとは言え、このゲームを家族で楽しむためには9000円近い出費が生じる場合がある。もちろん元々ニンテンドースイッチオンラインのサービスに加入していた人であれば良いのだろうが、ライトユーザーでこのソフトを買ってしまった人の中には「え!そうなの?」という思いを抱いた人も少なからずいるだろう。

以上の問題点があるとは言え、私自身は『Switch スポーツ』は素晴らしい作品だと思っている。カジュアルなユーザがオンライン対戦に何を求め、何を求めていないかを実によく分かっている。私はインターネットでのオンライン対戦をあまり好まない。しかしそんな私だからこそ、このゲームのシステムというのはしっくり来ると感じた。それは一言で言うと「最初の数回のプレイの心地良さ」だろう。その点を以下に本作の具体的な仕様と共に述べてみたい。

試合形式を選ぶ必要がない

『Switch スポーツ』では、6種類の競技が選択できるが、その試合形式などはほぼ選択することはできない。例えばテニスであれば、オフラインでは何ゲーム先取するマッチか1〜3の中から選択できるが、オンライン対戦は1ゲームマッチに固定されている*2。その他の競技でも全て試合形式は固定されている。唯一、チャンバラだけは自分の使うカタナを3種類から選べるが、これは試合形式を選ぶものとは少し違うだろう。いずれにしろ、競技を選んだら後は待つだけで試合は開始される。

f:id:tuquoi:20220509231149j:image↑上記画面はテニスが選択された状態。この次の確認画面で「さがす」を押せば試合が始まる

オンライン対戦のゲームでいつも私が少し面倒だと感じるのは、その試合形式や対戦設定を選ぶところだ。何を選択したらいいのか、それはやってみないと分からない。一度でもやればもちろん分かるのかもしれないが、その最初の一回が億劫なのだ。なるべくマッチング時間が短くてすむ試合形式はなんだろう?とか、面白いマップはどこなんだろう?とか、初心者が始めるのに適した設定はなんだろう?とか、そういう事を考えるのが面倒なのだ。それは、私がオンライン対戦を始める動機が、なんとなく人と対戦してみたいというとてもフワッとしたものだからだろう。そういうユーザーにとっては、他ゲームでよく見られるオンライン対戦に入るまでの流れはやや重く、最初の対戦設定の時点で疎外感を感じてしまう。だからこそ、『Switch スポーツ』のいきなり試合が始まる仕組みは大変ありがたい*3。競技種目だけは選ぶ必要があるが、それはどんなにこのゲームに対して無知であっても選ぶことはできる。ボーリングやテニスという種目を知らない人はいない。競技種目さえ選べば自然と「こう言う感じでいいんだよ」という試合がすぐに開始される。この気軽さが嬉しい。*4

上記のような「気軽に試合を始めたい」という課題が既存のゲームで全く意識されていないとは思わない。例えば「クイックマッチ」のような仕組みが導入されているオンライン対戦ゲームも多い。しかし、「クイックマッチ」は気軽に遊べると言っても、むしろあらゆるタイプの試合形式に慣れた人が時折気まぐれで選ぶ選択肢のように思える。右も左も分からない新規参入者が「クイックマッチ」という選択肢を見て、それをいきなり選びたいとは感じないだろう。つまり『Switch スポーツ』が追求する気軽さというのは、ゲームに慣れた人にとっての気軽さではなく、このゲームを初めて触る人やまだ慣れていない人に絞ったものだと考えられる。*5

ランクマッチ戦がデフォルト

オンライン対戦がメインのコンテンツである『Switch スポーツ』では、「プロリーグ」と呼ばれるランクマッチ戦が実装されている。先ほどの「クイックマッチ」を選択しにくいという話とも少し似ているのだが、オンライン対戦が苦手な人や慣れていない人にとって「ランクマッチ」を選択するのは少々気が重い。ガチの人たちが多そう、とか、ダメとか良いとか評価されるのがシンドイ、などと考え過ぎて、つい「カジュアルマッチ」を選んでしまう。

しかし『Switch スポーツ』では「プロリーグ(ランクマッチ戦)」は、ある程度の試合回数をこなして、勝利回数をあげることで強制的に参加させられる*6。最初はカジュアルマッチしかできないが、「プロ認定」という通知が出た後は、その競技については次の対戦から自動的に「プロリーグ(ランクマッチ戦)」になる。

f:id:tuquoi:20220509232003j:image↑プロ認定の画面。勝利を重ねると突然この通知が出る。次の対戦から自動的にランクマッチ戦となる

ただ、オプションのユーザー設定から「プロをお休み」を選択できるため、どうしてもランクマッチ戦が嫌であれば変更することはできる。しかしカジュアルなプレイヤーであればあるほどユーザー設定をわざわざ開いて、その設定を変更することは少ないかもしれない。

「カジュアルマッチ」から「ランクマッチ」への流れというのはおそらくどんなオンライン対戦ゲームでも想定されていることだろうが、ここまで半ば強制的にランクマッチ戦を遊ばせるというのは一見「初心者に気軽」という観点とは反しているようにも思える*7。しかし、この「プロ認定」という褒め言葉と共に強制させる仕組みによって、比較的カジュアルなプレイヤーもまたランクマッチ戦の母集団として数多く参入するだろう。この仕様がどれだけ有効なのかは、もう少し時間が経たないと分からないが、『スプラトゥーン』で「ガチマッチ(ランクマッチ)」を遊ばなかったような人でも、『Switch スポーツ』ではランクマッチ戦を遊んでいるかもしれないと考えると、私などはとても心強く感じる。オンライン対戦が苦手な人がそれでもオンライン対戦をしてみたいと思うのは、色んな人と熱い戦いをしたいというよりも、みんながわちゃわちゃしている祭りの会場に行きたいという感覚に近い。だからこそ、スキルより以前に「カジュアル」か「ガチ」かの選択によって、プレイヤーが分断されるのはどこか窮屈さを感じさせる。ほぼ全員がとりあえずランクマッチ戦に放り込まれるというのは、むしろ清々しい感じさえあり、「ランクマッチ戦」を選んだという自己責任からの解放がある。ランクマッチ戦で負けた時に「ほら、負けた。でも、それはお前がランクマッチ戦を選んだからじゃん」という心の声を聞く必要がないという楽さがある。

そして、先にも言ったが、カジュアルなプレイヤーは設定などいじらないというそのカジュアルさが、かえって良い具合に非カジュアルな試合環境(ランクマッチ戦)の土壌になっている点はとても面白い。

アバターで選べる部品が少ない

この点は果たして意図的なのかよく分からない。単に開発上の都合なのかもしれない。いずれにしろ『Switch スポーツ』では、初期段階でアバターに使える髪型や衣装の数が異様に少ない。

f:id:tuquoi:20220509232219j:image↑初期の髪型は全部でたったの6種類。男女分けなどもないので、これで全部

もちろんオンライン対戦の、特に基本プレイ無料のゲームでは選べる種類が少ないのはよくあることだが、その場合でも課金などによって衣装ぐらいは追加で買えるパターンが多い。しかし、少なくとも2022年5月時点で、『Switch スポーツ』では課金によって髪型や衣装やスタンプは、一切追加で購入できない。結果として、オンライン対戦をしていると自分と全く似た容姿のアバターを頻繁に目にすることになる。この体験が逆に「新しい髪型や衣装を手に入れたら身につけてみよう」という動機になっているのかもしれないが、なかなか思い切った作りだ。ただ、これも試合開始までの時間をできる限り短くするという目的に対しては理にかなっているとも言える。そして、Miiとは違う専用アバターを今回新規に導入したことも、その意味で理解できる。というのもニンテンドースイッチというハードになってユーザーの大部分がMiiを作成しているはずだという前提は採用できないからだ。とすると、改めてMiiを作り直させるにはあまりに時間が掛かる。アバターの導入と選べる部品の少なさは、結果として初めてプレイする人が試合開始までに掛かる時間を短縮させている。現代的なキュートさを持つ専用アバターの導入は、もしかしたらMiiでは今や古臭さを感じさせてしまう問題を解決することが主眼だったのかもしれない。しかし、それ以外に「初めての人がすぐに遊べる」を追求した結果であるのかもしれない。

初回プレイやカジュアルなプレイヤーに寄り添う難しさ

以上に見てきたように、『Switch スポーツ』は単に気軽にオンライン対戦ができるというわけではなく、むしろ今まであまりオンライン対戦を熱心にやってこなかったような人に対して、実に心地よい作りになっているところに特色がある。正直に言えば、こうした試みがこれまでのオンラインゲームで試行検討されなかったとは思わないし、上記に挙げた各種取り組みも、とりわけ特殊なものだとは思わない。なによりオンライン対戦を熱心にやらない人にいくら寄り添っても、結局のところ、彼らは継続的にオンライン対戦しないのではないか?と感じる。それは自分自身の内面を振り返ってみてもそうだ。じゃあ、任天堂の狙いはなんなんのだろうか。それはもちろん想像するしかないが、ひとつだけ思うところがある。それは「初めて楽しかったあのオンライン対戦」という経験の楔を打ち込むことではないだろうか。おそらくどんな形態かは分からないがゲームの世界がネットワークで繋がり続けることは、これからもずっと続くだろう。その中で「初めて楽しかったあのオンライン対戦の経験」に『Switch スポーツ』はなり得る。幼少期の子供まで含んだ広い世代に対してそうだ。これは決して数ヶ月、数年プレイし続けるという継続性がなくてもそうなりえる。あの時、あの一瞬、あのリビングで、家族と、友人と、楽しくプレイしたオンライン対戦。『Switch スポーツ』は既存のオンライン対戦ゲームでは脱落してしまったけど、このジャンルで「初めての楽しい体験」を獲得する人を多く産み出すかもしれない。

桃鉄』を何ヶ月も継続して遊び続けた人はそんなにいないが、『桃鉄』で遊んだあの日のことをずっと記憶し続けている人は多い。だからこそ毎回似たゲームでありながら、つい買ってしまう。『スマブラ』などもそうだろう。別に格闘ゲーマーのように継続的にプレイしているわけではないのに、『スマブラ』は買ってしまう。それは人生のどこかで強烈な楔を打ち込まれたからだ。しかし『桃鉄』も『スマブラ』もその楔となったのは、おそらくオフラインでの現実的な空間での体験だろう。そうした『桃鉄』のようなカジュアルなゲーマーにも訴えるポジションにくるオンライン対戦ゲームというのはあるだろうか。

細かい話にも思えるが例えば気軽なオンラインゲームの代表作とも言える『Fall Guys』にはローカルの2人が一緒にオンライン対戦に(画面分割などで)臨むことはできない。しかし『Switch スポーツ』はそれが可能だ*8。また直近の前作である『Wiiスポーツクラブ』や他のゲームではもっと豊かなコミュニケーションやメッセージのやりとりができたのに『Switch スポーツ』ではスタンプによる曖昧なやりとりでしかコミュニケーションはできない。しかしその方がかえってオンライン対戦で嫌な思いもしないし、逆にその分からなさが微笑ましいことも多いかもしれない。細かい仕様に至るまで『Switch スポーツ』は「初めて楽しかったあのオンライン対戦」というポジションに入ることを狙っているように思える。子供も遊ぶオンライン対戦ゲームとしては、『スプラトゥーン』や『フォートナイト』や『マイクラ』のマルチ対戦や『Roblox』といった名だたるゲーム(プラットフォーム)が既に存在しているが、そうした場所からこぼれ落ちて入り込めなかった子供たちも多いのではないだろうか。オンライン対戦ゲームはビジネス的にもいかに継続させるかという目的に沿ったゲームデザインになりがちだろう。しかしそういう指向のゲームから脱落した人たちの受け皿になったとき、長く継続的に遊ばせるのとは別の形で強烈な記憶を、オンライン対戦の原初記憶として『Switch スポーツ』は残せる可能性がある。

おそらく10数年後にまた『Switch スポーツ』のリブート作品が生まれるだろう。その時まで『Switch スポーツ』を継続的に遊んでいる人はきっといない。しかし、10数年前に打ち込まれたその楔ゆえにまたそこに帰りたいと思う人は多くいることだろう。

*1:これらのオンラインサービスの値段は2022年5月時点のもの。またここで挙げた本体ソフト価格はダウンロード版の価格である。

*2:1ゲームマッチ固定なのは、Wii Uで発売された前作『Wii Sports Club』(2013)でも既に同様であった

*3:試合形式が選べないことを強く印象づけるのはボウリングだろう。レーンの途中に壁があるような変則レーンがいきなり出てくることがある。こういう障害物ありレーンを遊びたくない人もいるだろうが、お構いなしに出てくる。普通であれば変則レーンの有無ぐらいは選べそうだが、『Switch スポーツ』のオンライン対戦では選べない。なおオフラインでは選べる。

*4:なお、直近の前作である『Wiiスポーツ クラブ』では、「みんなと対戦」以外に「クラブで対戦」というものがあった。これは都道府県別に分けられたクラブ内での対戦ができるモードだ。世界ではなく、できる限り小集団で対戦できる仕組みを入れようという試みだったが、Wii Uという本体の不振もあり、成功だったのか不成功だったのかもよく分からない。ただ、『Switch スポーツ』では「クラブで対戦」のような仕組みを廃し、選択肢を少なくしたことは、すぐに始められることをより目指したのだと考えてもいいかもしれない。

*5:また細かい話だが、前作『Wiiスポーツ クラブ』では、ローカル対戦かネット対戦かの選択は、各競技を選んだ後に選択していた。しかし『Switch スポーツ』ではトップ画面でそれを事前に選び、各競技の選択後には選ぶ必要がない。なお人数選択も同様で最初に選ばせ、競技種目の選択後には選ばなくても良いようになっている。細かい調整だが、こうした点にも「気軽に早く試合開始」を実現する強い意志を感じる。

*6:プロリーグに誘われる条件は明確になっていないが、5〜8勝くらいで発生するイベントのようだ。連勝すると発生が早いのかもしれない。

*7:もしかしたら、最近はこのシステムがオンライン対戦ゲームの世界では普通になっているのかもしれない。分かる人がいたら、教えてください。

*8:ローカルの2人が一緒になってオンラインに参加できるのは、テニスやボーリングなど種目は限られる