ビデオゲームとイリンクスのほとり

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映画などの感想についてはこちら『映画と映像とテキストと』で書いています。

 

 

傑作『チェインド・エコーズ(Chained Echoes)』は単なる王道RPGではない

2022年12月にリリースされた『チェインドエコーズ(Chained Echoes)』。Steam/PS4/Switch/Xbox GamePassで遊ぶことができる2DのRPG作品だ。(日本語対応済み*1)。

スーファミからPS1時代の日本のRPGを彷彿とさせるビジュアル。その端正なイメージとは裏腹に、現代的な完成度の高さに驚いた。クリアまで約50時間。まだやり込み要素が残っているが、これだけのボリュームと満足度の高いクオリティを併せ持った作品が、目の前で形になっていることは奇跡のように思える。

本作は7年の歳月をかけて、ほぼ1人の開発者によって製作された。製作者の名前はMatthias Linda。ドイツに住む彼によって、音楽、キービジュアル、背景美術*2を除くほぼ全てが作られている。

2022年にリリースされた作品ではなく、もはや古典作品としてずっと何年も前から存在していたような錯覚を覚える。『チェインド・エコーズ』はそれだけの風格を持った作品だ。

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本作は『FF6(1994)』、『クロノトリガー(1995)』、『ゼノギアス(1998)』の頃のRPG作品に多大なインスピレーションを受けている*3。その時代のRPGをプレイしていた人ならば多くのオマージュを『チェインド・エコーズ』に見出すことになるだろう。しかしそうした「懐かしさ」だけが本作の魅力なのではない。私はその90年代の日本のRPGには全く疎いが、『チェインド・エコーズ』にかなり夢中になってしまった。本作はとにかく遊びやすく、しかしそれでいて「遊びごたえ」が十分にある。作品内のあらゆる要素が配慮と熟慮に満ちていて、無駄と言えるような要素はほとんど綺麗に削ぎ落とされている。ゲーム好きなら一度は妄想したことのある「俺の考えた最強のRPG」を具現化したものだ。そんな妄想の産物としか思えない作品が『チェインド・エコーズ』である。

マップ上の移動・探索にストレスがない

本作をプレイし始めて最初に思ったのは、「操作キャラの移動速度が速い」ということだった。本作には移動におけるダッシュ操作はないが、ダッシュ並みのスピードでキャラクターが動かせる。このスピード感によって、移動にストレスがほとんどない*4。また、プレイしていくうちに分かるのだが、分岐が複雑だったりすることがなく、無駄に迷うことがないマップデザインになっている。序盤から、ボタンひとつで地図を呼び出すことができるので、分岐のどちらが行き止まりなのか事前に知ることができる。宝箱を探して、むしろゴールの方を避けて、最初に行き止まりの道を探索したいプレイヤーにも優しい仕様だろう。それでいて、地図を見なくてもちゃんとゴールまで導いてくれるようなルート設計がされている。そんなマップなのに、一本道のレールの上を歩かされているような感覚はさほど感じない。これは、一見すると歩いていけそうな場所が多そうなマップの見た目のデザインによるところが大きく、実際に移動できる以上の広がりが感じられるからだろう。このマップ設計における、自由度と親切さのバランスはロマンと遊びやすさを見事に両立させている。

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もちろん序盤は、マップの窮屈さを感じるプレイヤーもいるだろう。しかし、安心して欲しい。ゲーム中盤から更に自由にマップ探索ができるようになる。同じようなゲームプレイが繰り返され、「そろそろ慣れてきたかな」と思ったところで新たな要素が小気味よく追加されていく。ほぼ最後までこの「おもてなし」を続け、飽きる前に物語が完結する。本作は、たった1人の開発者によって作られたとは思えないほどの研ぎ澄まされた設計力で構築されている。いや、これこそが才能あるものによるワンマンだからこそできる洗練なのかもしれない。

単なる「王道」を超えるメタ性を持つ物語

本作は物語が素晴らしい。「物語」と一言で言ってしまうのは乱暴だが、セリフ、プロット(筋)、キャラクター設定など、物語を構成するほとんど全ての要素が高いクオリティで作られている。

しかしいかにも西洋RPG風の硬派な物語かというとそうでもない。日本のRPGであればベタとも言えるような設定や展開に満ちている。メカと魔法が両立している世界観や、身分を隠して戦う王女様、正直者の若き男性主人公、そして亜人の仲間達。どの要素を見ても、「元ネタはあれかな」と思うような設定が多く、その意味では2次創作的、同人的な雰囲気がないではない。しかしこの作品がチープな印象を免れているのは、演出や展開に従来作品をメタ的に見つめる冷静な視点があるからだ

例えば、物語の中盤で年少の王女様が仲間になる。口調は高飛車で、いかにもJRPG*5で出てきそうな高慢なロリっ娘キャラだ。こういうキャラ設定は日本のRPGにおける伝統芸のようでもあり、日本のRPGをよく知る人にとっては特に疑問にも思わないキャラクターだろう。しかしそうした「お約束」に慣れていない普通の感覚からすれば、相当に奇異なキャラクターである。本作は、単に日本のRPGのテンプレ的キャラとして彼女を描くのではない。彼女が高慢なセリフを言った後、言葉とは裏腹の心の声としての呟きが毎回、カッコ書きで挿入される。

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この心の声によって、このロリっ娘キャラには、単に高飛車な物言いの少女とは異なる一面があることが分かる。その上で、ここが『チェインド・エコーズ』の素晴らしいところなのだが、その心の声が、仲間内であってもほぼ外に開示されることがないのだ。これが、JRPGであれば、この少女が仲間と仲良くなっていく過程で「デレ期」がやってきて、高飛車だったはずの少女の「本来の姿」「可愛さ」をギャップ萌えとして分かりやすく描いてしまいがちだろう(例えば、思わず言っちゃったみたいな体で)。しかし本作は最後までこの心の声は心の中だけに閉じられる。こういう節度ある表現によって、JRPG的な子供っぽいキャラクター設定でありながらも、キャラとしての説得力と1人の人間としての尊厳が保たれている。かわいい少女だからと言って、可愛さを消費される「お約束」の存在ではない。そういう判断が本作にはある。こうした判断は、まさに従来作品を冷静に見つめて、「あえて期待を裏切る」メタ的な視点がないとなかなかできないことではないか。メタ的な視点がなければ、「ここではこういう風にするもんだろう」と従来の表現に寄せてしまうからだ。

本作はそれでいて、JRPG的な世界観を単に壊して、全く新しい世界を作り上げるのではない。リアルで硬派な『マスエフェクト』や『フォールアウト』のような西洋RPGの世界とは違い、日本のゲームやアニメで見たような雰囲気をあくまで醸し出す。つまり、JRPGが苦手としてきたリアルさや説得力の高い表現を見事に補って高いクオリティで仕上げるのみならず、日本のゲーム・アニメ的世界観をあくまで守ることも同時に達成している。『チェインド・エコーズ』は、見た目が日本のRPGだけど中身は西洋RPGだ、というような作品ではないのだ。

これは簡単なようで難しい。その文化圏にどっぷりと浸かってしまっていると、その違和感を正確に感じ取り、そしてその世界観を壊すことなく作り直すことはなかなかできない。日本は『ペルソナ3』のような新しいスタイルのJRPGは作れたが、意外に『チェインド・エコーズ』のような作品を作れなかったのは、この辺りに原因があるように思える。異なる文化圏が融合する面白さは、様々な芸術分野であることだが、『チェインド・エコーズ』は正にゲームという分野においてそれを示す作品となっている。

戦闘の緊張感とその演出

開発者のMatthiasはあるインタビューで少し興味深いことを言っている。

Matthias Linda Interview - How Chained Echoes Channels SNES & PlayStation RPGs - MonsterVine

インタビュアー : 『チェインド・エコーズ』のゲームプレイの中で、最も面白い部分はどこだと思われますか?

Matthias Linda : すごく面白い部分が1つだけってことにならずに、もっとあったらと望んでます。個人的に耐えられないことで、......でもまあ7年も経つとそういうものだと思うのですが......フィードバックで「ストーリーが素晴らしい」と聞くんです。物語はゲームプレイを繋ぐものではあるけど、ゲームプレイにそこまで関係しないものです。ゲームプレイそのものから言えば、戦闘システムが『チェインド・エコーズ』を、同ジャンル内でも他のゲームから際立たせているところだと思います。

本作の戦闘システムは、一回の戦闘ごとにHPとMP*6が全回復するタイプのシステムである。シンボルエンカウントではあるが、敵アイコンとの接触ではなく、敵とある程度の近さにまで近づくと戦闘に移行する。1番の特徴はオーバードライブという戦闘時にパーティで共有するゲージの存在だ。このゲージを上げすぎると不利になるが、ずっと最適なスキルばかりを使い続けると上がってしまう。時には最適でないアクションを取りながらゲージを上手く下げるなどの調整をするところに、本作特有の戦闘の醍醐味がある。

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また、成長システムは経験値によるレベルアップではない。ボスを倒すたびに「グリモワールの欠片」というアイテムを入手し、それによってステータスアップを行う。成長の自由度は薄く、ストーリーの進行度合いでかなりゲーム側で成長を縛る仕様となっている。ただ、このレベル上げがやりづらい成長システムのおかげで、戦闘は後半まで緊張感の続くものとなっている*7

私は本作のラストバトルにかなり苦労をした。そしてラストバトルはこのオーバードライブゲージの存在によって熱い戦いとなった。ゲームとしての戦闘システムと、「最後の戦い」という物語としてのイベントが相乗効果で熱い気持ちを滾らせる。私のプレイスタイルがたまたま作者の思惑にフィットしただけかもしれないが、素晴らしい体験となった。

エンディングの素晴らしさ

ネタバレになるので内容は一切述べないが、本作のエンディングは素晴らしかった。

90年代の日本のRPGには、どうしても一点物語上の難しさがある。それは「なぜ年端もいかない少年が世界を救うという、その年齢の少年が担うには大きすぎる理念を持ちうるのか」というところにある。もちろんそれを解消するために、これまでのRPGでも様々な物語上の設定は作られてきた。世紀の大事件に巻き込まれた主人公だったり、親友や家族との鮮烈な体験だったり、太古の救世主の末裔だったりと、様々な理由づけはなされてきた。少年という設定が用いられるのには、業界としての歴史的な経緯もあるだろう。しかし、どのように理由付けようとも「で、その世界の大人は何やっとんねん」というツッコミを綺麗に受け流すことは難しい。

しかし、『チェインド・エコーズ』のエンディングは見事にそれをやってのけている。しかし、決して派手なエンディングでも、美しい伏線回収があるというものではない。地味で、人によっては「え?」と肩透かしを感じるかもしれない。しかし、私は初めてこのエンディングを見た時に感激してしまった。このエンディングは、先にも書いたが、90年代の日本のRPG的世界観を壊すものではない。どこか軽薄で、戦争や圧政というリアルな重みから浮世離れした、そんなJRPG的な雰囲気を保ちつつ、しかし見事に「なぜ年端もいかない少年が世界を救うという理念を持ちうるのか」への回答となっている。本作が達成した美点はいくつもあるが、このエンディングの着地の見事さは、最後の締めとして最高のものだったと感じている。その美しさは、かつてRPGに夢中になり、いまや大人となってしまった多くの大人たちにこそ、しみじみと味わってほしい。なにより、ぜひ実際にプレイして確かめてみて欲しい。

本作にはその価値がある。

 

*1:2023.3.15現在、ローカライズ上の問題はいくつかある。女性が突然「俺」と男言葉を使い始めたりとか。しかし現在、日本語化にあたった方が様々な指摘を受けて真摯に修正対応を行おうとしてくれています。なお、以下2点以外は、ストーリー楽しむことやゲームを楽しむのに、現状の日本語でも十分な品質であると私は考えています。

【1.トロッコのスイッチ】東向けのスイッチが2つあったりして混乱するが、ローカライズ上のミスのよう。実態は東西南北の1つずつが割り当てられている。現状やってみて探るしかないが……。この点は以下のツイートでも指摘されている。

https://twitter.com/akane_sign/status/1637359709333364737?s=20

【2.道具のオーバードライブの使い方】「オーバードライブ(バフ)」などの道具の使い方が現状の翻訳だと分かりにくいかもしれない。オーバドライブを下げるタイプのスキルに合わせて、そのアイテムを使うと効果が発揮される。

*2:音楽はEddie Marianukroh、キービジュアルのいくつかをYo Kanzawa、背景美術のいくつかをAndrew Silvermanに頼んでいるとMatthiasにより語られている。

参考URL :Ten turns Interview with Chained Echoes Developer Matthias Linda

*3:彼のインタビューではインスピレーションを受けた作品として、その他に『幻想水滸伝2』『ブレス・オブ・ファイア』『天地創造』などを挙げている。

参考URL : Interview: Chained Echoes Developer - Matthias Linda - Lords of Gaming

An Interview with ‘Chained Echoes’ Developer Matthias Linda – SwitchArcade Special – TouchArcade

*4:この後で示すマップ設計の巧みさもさることながら、エンカウントする雑魚敵の少なさもまた、移動のストレスフリーに大きく貢献している。

*5:本稿では、日本のRPGというシンプルで中立的な意味でJRPGという言葉を使っていない。JRPGという言葉に潜むどこか幼稚さや不思議さを示す時にJRPGという単語を用いている。なお、製作者のMatthiasもまたインタビューでJRPGという言葉を使っているが、それはかなり中立的な意味で使われている。彼自身の日本のRPGへのリスペクトの深さは、本作をプレイすれば自ずと伝わると思う。

*6:ゲーム内ではTPという。スキルを使う時に消費するMPに近い数字のため、分かりやすさのため本稿ではMPと書いている。

*7:終盤、サブクエを消化することで、ラストバトルの戦闘はかなり楽になるのかもしれない。