ビデオゲームとイリンクスのほとり

ビデオゲームを中心としたレビュー・コラム記事です。 映画の感想は『映画と映像とテキストと』というブログに書いてます。https://turque-moviereview.hatenablog.com/ Twitter ID: @turqu_boardgame

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『ファイアーエムブレム 風花雪月』は期待以下の作品だと思ったが、2周目にガラッと印象が変わった

初めてファイアーエムブレムをクリアできた*1。2019年に発売されたシリーズ最新作『ファイアーエムブレム 風花雪月』。面白かったかと問われれば、正直そこまで面白かったわけではない。期待したほどストーリーも会話テキストも楽しめなかった。メタスコアなどで、ちょっと期待が大きくなりすぎたかもしれない。(2周目で評価が大きく変わるが、それは記事後半で)

 

かなり序盤の段階で、メインストーリーの戦闘での推奨レベルを超えてしまい、ほとんどラストまで苦労することはなかった(ノーマル・クラシックでプレイ)。時折、事故のように殺されてしまうことがあったが、本作の特徴の一つである「やりなおし機能(天刻の拍動)」で簡単に「待った」ができるのは良かった。最後まで1ユニットも失うことなくクリアできたのはこのやりなおし機能のおかげで、途中面倒くさくなって停滞することがなかった。クリアまで1ユニットも失いたくなかったので、仮にこのやりなおし機能がなかったらと思うと少しゾッとする。もし戦闘の終盤にちょっと強い敵ユニットにバコッと一撃で不意に殺されたら、あの単調で簡単な戦闘をまた最初から繰り返すのかと想像するだけでうんざりしてしまう。

 

また、やられてしまった時に「ああ、これは自分のミスだったな」とあまり素直に思えず、自責感のあまりない「事故」のように感じることが多かった。これは自分がまだファイアーエムブレムというゲームのコツを掴みきれていないからだろう。そのくせ「すごく簡単だったな」とも強く感じている。なのであまりコツが分かってないのに、簡単にクリアできてしまったという感覚が、本作に対する自分の大きな不満の1つであると思う。

 

物語については、黒鷲の帝国ルートで一回クリアしただけなので、全貌は見えていない。しかしそこまで物語の謎について「知りたい」と思えない。そう感じる理由の1つには、自分が選んだ帝国ルートのせいもあるかもしれない。ただ、それに加えて出てくる登場人物たちにあまり思い入れが生まれず、この世界に魅力が感じられなかったからというのもある。もちろん自分の学級(クラス)の生徒たちとは、かなり色々と思い出ができた。ただどの人物もテンプレ的なキャラクターに見えてしまい、いかにも安く作られたアニメっぽいなという印象である。キャラクターの書き分けという事情もあるのだろうが、各キャラクターの持つ煩悶や苦悩は、字面としては重々しいが(戦争や人種間の差別など)、かなり軽薄で安易に感じた。同じテンプレキャラクターによる群像劇なら『イース8』の方が背伸びをしていない分、素直に楽しめたかなと思ってしまう。例えば、褐色の肌の人物も出てくるが、どの人物もアフリカ系の顔の造りをしていない。別にそれはそれで良いのだけど、そういう表現を「あえて」避けていることの意図を説明できなさそうに思える。そういうところが重めの話をしていてもヌルく安易に感じる要因かもしれない。ものすごくいやらしい言い方をすれば「アジア人が作っていると思われてるから、許されてるだけなんじゃないの?」という気がする。

 

これだけ大量の人物を登場させて、それぞれを丁寧に描くことは難しい。しかし本作には現実社会における国家とか民族とか戦争とか差別とか家族とか身分制度とか、そういうものへの参照があまり感じられない。なんだか頭の中で考えただけの薄っぺらい苦悩という印象が拭えない(2周目での感想だが、唯一ツィリルの描写だけは少し面白いと思った)。登場人物たちはまだ子供である、というのがある意味彼らの言動が子供っぽいことの言い訳になるのかもしれないが、やはり子供ばかりが出てくる『ペルソナ4』や『ペルソナ5』に比べると脚本のレベルは低い。本作は、単に作りが結果として子供っぽいだけで、それは子供らしさを子供らしさとして描けているわけではないように感じる。

 

またキャラクターの設定を掘り下げる支援会話など、単につまらない会話を見るだけでパラメータが上がっていくシステムは、作業ゲーとしてもあまりに無機質で、ほとんどノベルゲームのTipsを見るようなものでしかない。それでもそれを見ないと損をする(支援値というパラメータがそれを見ることで上がる)と思うと、やらずにスキップすることもできず、正直、後半は若干苦痛でもあった。ところで『風花雪月』のシナリオやライティングがまともだと言われているということは、ここ最近のファイアーエムブレムシリーズの脚本がいかに酷かったを想像させて、それはそれで逆に興味が出てくる。

 

こんなに不満はいっぱいあるのだけど、ついつい遊んでしまう魅力は確かにあった。学園パートにおける遊びもほとんどゲームとしてギリギリだが、それでも続けて遊んでしまったことは事実だ。戦略ゲームとしての戦闘パートと育成シムとしての学園パートの、辛味と甘味の絶妙な取り合わせが良いバランスになっていたのだろう。緊張感溢れる戦闘パートでのささくれ立った気持ちを学園パートの優しさが癒すという繰り返しが、プレイヤーのモチベーションの維持に見事に効いていたのだと思う(戦闘パートの簡単さを差し引いても)。

 

是非、本シリーズで上手くいったシステムは継続して、次回作では更なる脚本の向上を目指して欲しいと思う。

 

……ここまでが1周目クリア時点の感想である。あまり気乗りはしなかったが、なんとなく2周目を金鹿(ハード・クラシック)で始めてみた。いやぁ、これがすこぶる楽しい。以下は、そのプレイを踏まえた感想を書いていく。

 

序盤のマップから、ハードモードのハードらしさを味わうことになった。油断をするとドンドンと体力を削られていく。しかし決して難しすぎはしない。まあ、対処できる程度の難しさなのだ。しかしこの緊張感は初めて「ファイアーエムブレムを遊んでるな」という気持ちを感じさせてくれた。

 

戦闘のほどよい難しさ(と言ってもハードでも相当簡単だという人が出てくるのはよく理解できる)は、もちろん良かったのだが、この世界の仕組みというかパラメータの効率的な上げ方が2周目にしてようやく理解できるようになり、作業でしかなかった学園パートが途端に楽しくなった。どんなパラメータを上げようが戦闘で全く危うげなく勝つこと以外想像できなかったノーマルモードでの1周目と違い、より最適化した部隊編成を目指しつつ、それでもどんな育成をしてもおそらく負けはしないだろうが、適切な育成をすれば戦闘がより楽になりユニットを失うリスクも減るだろうと思える程度の難易度が、プレイに安心感と程よい緊張感をもたらす。この感覚が味わえただけでも2周目を始めて良かったと思う。

 

育成でパラメータをいじくる遊びが楽しくなると、軽薄にしか思えなかった生徒たちの支援会話なども途端に許せるようになってきた。逆にこれ以上重くなっても、1ユニットも殺さないプレイをすること(これは個人的にそう決めているだけのことだが)が嘘かなという気さえしてくる。死と隣り合わせの生活でありながら日常では軽薄でいるという違和感が1周目では単なるリアリティ不足のように感じていたが、2周目のプレイでは「それはそれであるかもしれない世界」として受け入れられる。これこそゲームというものの妙味という気がする。単純にこのゲームをアニメ化されても、アホくさい学園物語と妙にドラマティックな学友の死という食い合わせの悪そうな要素のちぐはぐ感で楽しめなさそうである(それはもちろん「下手なアニメ化をすれば」ということではあるが)。しかし「さっきは危なかった。マジでヤラれてたかもしれなかった」という当事者意識が加わることで、表層的に見える生徒たちの会話にも勝手にコチラが深みと屈託を読み込んでしまう。ゲームという形式の面白味であると思う。

 

しかしだとするとなぜ本作はこれまでの最近のシリーズ作品に比べてこんなにも評判が良いのか、自分にはよく分からない(軽めの会話と重めの戦闘の化学反応という側面は最近のシリーズの別作品でも多少はあったのではないか、知らんけど)。そんなことを考えていると、過去のシリーズ作品をより遊んでみたいと思った。

 

 

*1:今まで『紋章の謎』と『覚醒』と『烈火の剣』を遊んでみたことがあるけれど、数時間で面倒になって辞めてしまった