ビデオゲームとイリンクスのほとり

ビデオゲームを中心としたレビュー・コラム記事です。 ■映画の感想は『映画と映像とテキストと』というブログに書いてます。https://turque-moviereview.hatenablog.com/ ■Twitter ID: @turqu_boardgame ■Discord : https://discord.gg/82T3DXpTZK 『ビデオゲームで語る』

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『ディスコエリジウム』に選ばれなかった私

2022年8月。『ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット』日本語版がリリースされた。海外でリリースされた時の情熱的とも言える絶賛レビューを数多く目にしていたため、この作品が日本語化されると聞いた時にはとても嬉しかった。実際、日本語版をプレイしてみて、これは絶対に英語版ではプレイしきれなかったろうと感じ、これを日本語化してくれた方々には本当に足を向けて眠れない。翻訳の世界を知らない私にも、110万ワードと言われる膨大なテキストは、未知の巨大な怪物に立ち向かうような困難さであっただろうと想像する。改めて、日本語版の発売に尽力された方には「ありがとうございました」と言いたい。

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1周目をアーキタイプ「思想家」で始め、クリアまでプレイし、最後の2日間をもう一度違う選択肢などを選んで遊び直して再度エンディングを迎えた。そして2周目をアーキタイプ「神経質」で始めたところで、この感想文を書いている。本作に対する私の評価はおおむね次のようなものだ。

「ストーリー、特にラストはステキだったし、2日目以降、世界設定が理解できるようになり、社会情勢を論評する興味深い考えなどが語られると(特にジョイス・メシエとの会話以降)、世界にのめり込む楽しさを感じた。非常に魅力的な人物も多い。しかし総じて、ダルい操作と面白みの薄い膨大なテキストのため、全体としてはあまり楽しいゲームではなかった」

本作は「人を選ぶ」ゲームだと言われている。確かにそうだ。このように語る人たちは、その多くが「選ばれた人」なのだろう。だからこそ、私のような「選ばれなかった人」の感想が少しくらいあっても良いだろうと思う。

コンソール版の操作のやりづらさ

私はPS5版でプレイしたが、キャラクター移動をスティックで行うパッド操作では、少しストレスがあった。PC版のようにキャラクターの移動先をマウスでクリックする方式の方が、キャラクターが自動的に移動してくれるため扱いやすい。本作の背景画はとても素晴らしいが、どこが歩ける部分で、どこが歩けない場所なのか分かりにくい。そのため、しょっちゅう「あ、ここは進めないのか。うん?あそこに行くのはどっから行けば良いんだ?」と悩む。ただ、ゲーム体験全体を損なうほどの短所というわけではない。しかし、PC版でプレイできる環境がある人は、PCでプレイした方がいいかもしれない。

使いづらいファストトラベル

3日目以降、特定の条件を満たしていれば、ファストトラベルが可能になるが、なぜか特定のエリア(ファストトラベルの目的地となり得る場所)にいないとファストトラベルができない。なぜあらゆる場所からファストトラベルさせないのか、理由がよく分からなかった。また、ファストトラベルの目的地もなぜ、あの3箇所なのか、疑問を持たざるを得ない。漁村と教会は非常に近い割には、イブラートの部屋や北西のアパートへのファストトラベルはできない。どういうバランス感覚でああした目的地の設定になっているのだろうか。システム上の都合などがあるのかもしれないが、あの仕様のせいでジョイス・メシエやイヴラートと接触する機会を減らしてしまった人もいるのではないだろうか。

変化のない選択肢の多さ

以下の画像に示すテキストは、あるアパートの一室に住む人物について、アパートの清掃員に尋ねる場面のものである。

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自らのイデオロギーに合わせて、様々な回答ができるのだが、この選択肢、どれを選択してもあまり物語に変化はないし、相手の返答が大きく変わるわけでもない。『ディスコエリジウム』には、この手の「どれを選んでも変わり映えしない選択肢」が非常に多い。もちろんこれが「プレイヤー自身によって選べるロールプレイの豊富さ」として一定の面白さがあるようにも思うが、こうした意味の薄いテキストを大量に読ませることが、正直言うと、かなり辛かった。何か突拍子もないことを言ってみたり、話し相手に普通ではあり得ない返答をしてみたり、そういう破天荒な場面の創出によって「ささやかな」面白みがないわけではないが、「だからなんなんだ?」とも感じた。中には面白いテキストもあるが、正直、もう少しテキストを削って、面白いテキストを選抜して残すこともできたのではないか?と思ってしまう。むしろその方が端的に「良い」作品になったのではないか。もちろん、この溢れるようなテキスト量こそが、独特の魅力なのだというのもよく分かる。わたしもピンチョンの作品を読むと、そのめくるめく幻惑的なテキストとそのボリュームにやられるような気持ちになる。ただ、そうしたテキストの洪水に溺れたいなら、ピンチョン作品でも読んだ方がより「効率的」なのではないか。膨大な選択肢を選ばせ、その上でゲームとして成立させる、そうしたゲーム媒体ならではの面白みが膨大なテキストと共に十分に達成されていたかというと、個人的には疑問である。全体的にかなり「粗い」ようにも思ってしまう。その具体的な1つとして、例えば、辺縁系とか爬虫類脳による会話がある。確かに興味深い設定だと思ったが、毎夜毎夜ああした意味不明の苦悩のやりとりを聞かされて「面白い」とは私にはあまり思えなかった。

また、ラストで出会うドロレス・デイとの会話に、わたしはかなり期待していた。しかし、愛する女に逃げられた哀しい男の侘しさという点では面白くないわけではなかったが、それほどグッとくる会話ではないように感じた*1。それに比べると、メシエやクラーシェやキツラギとの会話は本当に面白かった。かなり光るテキストも多かったように思う。それらと比べると、ドロレス・デイとの会話は期待外れだった。特にこのドロレス・デイとの会話を取り上げたのは、本作の「豊富なロールプレイ」が、主人公自身の強い主張というものを抑制してしまったようにも思うからだ。それを次に述べたい。

実はあまり個性のない主人公

言い訳だが、テーブルトークRPGの文化を知らないので、かなり的外れなことを言っているかもしれない。

わたしは、本作の主人公の刑事は、かなり無個性であると感じた。もう少し平たく言えば、凡庸だと感じた。もちろんそれは「お前の選んだ選択肢が面白みのないものだったんじゃないの?」と言われるかもしれない。しかしわたしが言いたいのはそういうことではない。例えば、主人公に、捜査の途中でいきなり女の人を口説かせたり、人種差別的な語りをさせたり、革命への賛辞を述べさせてみたり、突拍子もない言動をさせることはできる。しかし「それって面白い?」「それって個性になりますか?」と思うのだ。どれもこれも「うんこ!」と突然叫んでゲラゲラと喜ぶ幼児のような純粋さと面白さは感じられるものの、それが果たして個性の深みを感じさせるキャラ造形に寄与しているかというと甚だ疑問に感じてしまう。24に分かれた各人格も期待していたほど面白いことを言ってくれる感じではなかった(わたしの選んだ「思想家」というのが良くなかったかもしれない)。本作の主人公は、プレイヤーの意思を反映して、どのようなタイプの人間にもなりうる。だからこそ、主人公自身がこの世界に対して、決定的にクリティカルな発言はしないようになっているように感じられる。もし仮にかなり面白い論評をこの世界や社会にしてしまう選択肢があったとすると、こうした多様な存在にはなれないのかもしれない。だからこそ(なのか)、主人公は世を儚み、妙に達観した冷笑家か、どこか調子っぱずれな極端な思想を持ちつつも、一貫していない活動家みたいになってしまう。それらは、かなり「薄っぺらいキャラ造形」であると感じられる。周りのキャラクターは、キツラギをはじめ、かなり魅力的で個性的であるのに、主人公自身には最初から最後まで、思い入れを感じることはできなかった。自分の意思で選択肢を選べているはずなのに。

その物足りなさを1番感じたのが、ドロレス・デイとの会話だったのだ。ここで一気に主人公への思い入れが生まれるかと思ったのだが、それほどではなかった。なんとも肩透かしを食らったような気持ちになった。

ロードでのやり直しとスキルの割振り

本作の最もゲーム的な要素であるレベルアップ時に獲得するスキルポイントの割り振りと、思考キャビネットでの思考の内面化は、とても最初わくわくした。特に、序盤のスキル値を少しアップしたり、思考キャビネットで思考をセットすることで、スキルチェックの成功率がグンと跳ね上がるところは純粋に楽しかった。ただ、これはわたし個人の体験で恐縮だが、わたしはある一つのスキルチェックが超えられなくて、ゲームが進行できなくなってしまったのだ。この体験が、このゲームへの印象をとても悪くしている。ちなみに何のスキルチェックかというと、「ワーリング・イン・ラグズ」でのハーディに対する権威のスキルチェックである。最初に失敗してから、少し経ってまた挑戦したのだが、それも失敗してしまい、更にもう一度挑戦して、そこでも(結構高い成功率になっていたのに)運悪く失敗してしまった。それまでわたしは、スキルチェックに失敗しても、ロードしてやり直すようなことは禁じ手として封印していた。しかし、そのスキルチェックを超えないまま、6日目まで到達してしまい(その時点でクラーシェの部屋に入れない状態だと言えば、クリアした人には困った状況であることが伝わるだろう)、他のタスクも全て消化してしまい、経験値を得ることもできず、再挑戦できなくなってしまった。もしかしたら何かの回避手段があったのかもしれないが(ちなみにダイス職人のタスクも完了済だった)、結局、その状況を打開できず、ゲーム内3日目で残っていたセーブデータからやり直しを決断した。

これはかなり不運なパターンなのだとは思いつつも、結局セーブとロードを繰り返してスキルチェックを超えることができるならば、なぜスキルの割り振りで真剣に悩む必要があるのか?という感覚を強めた。そういう「卑怯な」手を使わずにマジメにプレイしていたのに、こんな不幸な事態を味わうなら、スキルポイントは本気で困った時のために貯めておこうという考えになってしまった。実際、ゲームとして主人公をどうやって成長させるかがゲームシステムのキモになっているのに、ロードしてやり直せば、どんなに低い確率でもスキルチェックを成功させられる。そのような仕様は、スキルポイントの割り振りのやり甲斐を毀損するものではないかと思う。そこになんらゲーム的な工夫やセーフティネットがないというのは、荒削りの魅力があるとは言えるものの、やはりゲーム作品としては単純に品質が低いと感じる。

素晴らしいのだけど……

本作には他の作品には代え難い魅力があると思う。さきほどは、「ピンチョン読んだらいいんじゃない?」というかなり意地悪な言い方をしてしまったが、ピンチョン作品では得られない面白さがあることもよく理解できる。本作のラストの例のアレを見た時に、わたしはポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』を想起した。この映画は様々な人間の生き様を描いた群像劇であるが、『ディスコエリジウム』もまた、過酷な世界でかけがいのない生を生きる群像劇として、とても素晴らしい作品だった。クラーシェが腐っていく死体を見つめ続けていたその瞳の奥にはどんな感情があったのか。犯人の世俗性とその高踏的な思想のジレンマはいかほどであったのか、そのやや差別的な発言から逆に感じる切なさのなんと美しいことか。ハーディは周りのろくでもない連中にどれほどの愛を持っていたか。考えれば考えるほど、彼らの人生を垣間見てしまったこの気持ちには、終わった後も長く尾を引く余韻がある。

ただ、これだけ遊びにくい作品をわざわざ遊ぶ価値がどれほどあるかというと、「選ばれなかった」わたしにはやや荷が重く感じた。しかしその責任は私の「貧乏性」な性格にあるのかもしれない。インタラクトできる対象があるとしらみつぶしに調べたり、選べる選択肢はすべて選択しないと気が済まない、この貧乏性な性格だ。2周目以降、多くの選択肢を無視できるようになると、だいぶ気が楽になった。いずれにしろ1周目は私のその性格が災いして辛かった。*2

つい最近、わたしは『Lacuna』(2021)というアドベンチャーゲームをクリアした。この『Lacuna』は、一人の捜査官が、惑星間をまたがる陰謀に絡んだ要人暗殺事件を追及していくSFハードボイルドの物語である。この作品は『ディスコエリジウム』に比べたら、ずっと淡白な作品かもしれないが、とてもよく練られている物語であるし、脚本も素晴らしく、ゲームとしても圧倒的に遊びやすい。既得権益を持つ勢力と搾取される人々との政治的な対立や、主人公の離婚協議中の妻や疎遠になりがちな娘との会話もとても読み応えがある。全くテイストの違う作品であるが、SFやハードボイルド的設定のみならず、物語のテーマにも少し似たところがある。この『Lacuna』と比べて、総じて『ディスコ エリジウム』をずっと高く評価する、という気持ちにはなれなかった。もちろん『Lacuna』よりも遥かに素晴らしい面が一部あるのは確かである。しかし『ディスコエリジウム』が孤高の傑作とまでは思えないのだ。

わたしが望むのは、本作を製作した開発会社が、次回作ではもっと遊びやすいゲームを制作してくれることである。それはテキストを減らせば良いとか、そういう話ではない。本作の魅力を維持しつつ、より遊びやすさと、セーブ&ロードでは台無しにならない遊び甲斐のある体験を提供してくれる作品になることを望みたい。

最後に絶賛レビューが吹き荒れた海外のレビューの中で、『ユーロゲーマー(Eurogamer)』というメディアの『ディスコエリジウム』に対するレビューの最後の文章を引用して終わりたい。わたしも流石にここまで意地悪くは書けない。

いったん目新しさが薄まると、いかに賢いかをわたしにしつこく証明したがるゲームをプレイしているように感じる。そしてそれは、何にしろ、とても疲れるだけなのだ

---Eurogamer "Disco Elysium review"

Disco Elysium review - large-scale whodunit with a distinct lack of focus | Eurogamer.net

*1:「お前の子どもなわけがないだろう」というツッコミはちょっと面白かった

*2:ただ、これを製作したのがエストニアの人たちだと思うと、ウクライナ戦争が起きている現実世界の中で本作をプレイすることには、独特の感慨がある。