ビデオゲームとイリンクスのほとり

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『バルダーズゲート3』と生魚を食べられないヨーロッパのおじさん

今年、アメリカのThe Game Awards(TGA)というビデオゲーム 界で最も有名な賞イベントにおいて、Game of the Year(最優秀作品賞)を獲得したのは『バルダーズゲート3』だった。既に『バルダーズゲート3』はその前哨戦とも言えるイギリスのGolden Joystick Awards賞で、GOTYを獲得しており、『バルダーズゲート3』がTGAにおいてもGOTYを取る可能性は高かった。しかし、TGAの今年の授賞式時点(12/7)において、日本で『バルダーズゲート3』がまだ発売されておらず、多くの日本人にはその賞レースの白熱具合が今ひとつ肌感覚で理解できないところがあった。

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その『バルダーズゲート3』がようやく2023/12/21に日本でも発売された。噂通りのすごい作品だったが、この作品に対する戸惑ったような日本での受容のあり方が実に興味深かった。Amazonレビューでは以下のような評価になっている(2023/12/25現在)

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5点満点中、3.1点。かなり低い評価だ。ちなみに、今年賞レースで1位を張り合ったのは、任天堂の発売する『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』。その同じAmazon評価は以下の通り。

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4.8点。かなり高い。

もちろんAmazonレビューが客観的な評価だと言いたいのではない。ただ、ネットなどを見ていても、多くの人が『バルダーズゲート3』に戸惑っていることが、よく分かる。

神ゲーだと聞いていたのに……」

「おもしろくない」

「これが今年最高のゲーム?」

「そんなに面白い?」

『バルダーズゲート3』に対するそんな声が、やや遠慮がちに聞こえてくる。「思ってたんと違う」と、一言で言えばそうなのだろうが、しかし、この戸惑いこそが異文化が接するあらゆる場面でありそうな「何か」を示している。

わたしは、この日本における多くの『バルダーズゲート3』への戸惑いの様を見た時に、以前、テレビで見た日本料理を海外の人に食べてもらう番組を思い出した。その時に出演していたヨーロッパの実に人の良さそうなおじさんの顔を思い出す。

その番組(NHKだったような気もするが、違うかも)では、ヨーロッパの(ベルギーだったか、チェコだったか、どの国か全然覚えていない)ある街の夫婦に日本料理を食べてもらう企画だった。奥様は料理好きのいかにも人の良さそうな感じ。夫のおじさんも実に善良そうな人だった。その2人が日本料理を食べるのだが、奥様はなんでも食べる。「おいしいわ」なんて言って、朗らかに食レポをする。おじさんの方も基本的にはそういう明るい振る舞いだったのだが、そのおじさん、絶対に生魚だけは食べなかったのだ。番組側も生魚を食べようとしないおじさんに何かツッコミを入れるわけではない。ただ淡々とその2人を映していた。

わたしはその姿を見た時に

「わかるよ!わかる。絶対、生魚食べたくなかったんだよな。そういう文化が他所にあることは理解するし、別に不味いわけじゃないんだろうけど、どうしても食べたくなかったんだよね」と思った。

そのおじさんは生魚の料理(刺身だったと思う)を食べたことがないのかもしれない。しかし妻がそれを美味しそうに食べてることに文句を言うわけでもなく、自分が食べないことに言い訳するわけでもなく、ただただ彼は食べなかった。何も言わずに食べなかった。その姿に私は、言いようのない共感を感じてしまった。そして思った。彼は良い人だと。知らんけど。ちなみに断っておくが、私は刺身も寿司も大好きだ。

『バルダーズゲート3』は、テーブルトークRPGのシステムを継承した、非常に独特の作りをしている。ドラクエやFFのような日本のRPGとは全然違う。キャラクターに可愛らしさはほとんどなく、ゲームとしての難しさにおいても、日本のRPGと比較するとかなり厳しい。だから、口さがない人の中には「日本のヌルいRPGをやってる人には辛いかもね。この手のゲームは自分の頭で考えて、発想力や自主的に工夫する努力が必要だしね」などと嫌味を言ったりする。

もちろん、そういうシステムの違いや難易度やユーザーに対するホスピタリティのようなものの違いは大きい。そこが『バルダーズゲート3』を受け入れられない人にとって障壁になっている面もあるだろう。しかし、本当に問題なのは、それが突発的に目の前に現れた異文化だったという衝撃であり、そのことこそが重要なのだ。面白いとか、面白くないとか、そういう話よりも、一歩手前にある状況にこそ、目を向けるべきドラマがある。

Amazonレビューに思わず低評価を書き込んでしまう日本人が多くいたことは、あの番組で見たヨーロッパのおじさんと同じなのだ。「これは食えない」と彼らは思った。同じRPGだから、遊べるだろう、あんなに評価されてるし、面白いんだろう、そう思って買ったに違いない。しかし目の前に突如として出されたRPGはこれまでの生活習慣からあまりに外れた異物だった。

某匿名掲示板では「こんなのクソゲーやん。全然おもんない」と息巻いている人がいる。それに対して「アホには遊べないかもな」と煽る人がいる。あれが悪い、これが不親切だ、わかりにくい、いやバカなお前が悪い、分かってないから楽しめない。言い争われるそれは全て一面の真理ではある。しかし、『バルダーズゲート3』が楽しめない日本人の衝撃、その爆心地たる本当のグラウンドゼロについては語られない。

それは生魚を食べられなかったあのおじさんの沈黙と同じなのだ。なぜ食べられないのか、を説明することはできない。仮に食べたとしても「食べられない」と結論することもあるだろう。食べられないのは、その料理がまずいからとかそういうことではないのだ。自分の文化や慣習から外れたものに対する純粋な距離感と忌避感。良いとか悪いの話ではない。この距離感を縮めるのは、繰り返して、何度も何度もその文化を長い時間をかけて味わうしかない。どこかでそれが自分の一部になるまで慣れるしかない。

人によっては、そういう異質なものをどうしても受け入れられないということがある。別にそれでいいのだ。所詮は娯楽の話だから。しかし、ビデオゲームという、一見すると「国境を越えられそうなメディア形式」において、こういう異文化交流にありがちな「衝突」が見られたことが、どこか面白い*1

生魚を食べられないことの人間らしさ。それがゲームでも起きるのだという、実に当たり前の話。『ドラゴンエイジ』や『ディヴィニティ:オリジナル・シン』では目立つことのなかった衝突の現場が、今回は多く見られたことが、『バルダーズゲート3』GOTY受賞の、(日本における)一つの大きな意義だろうと思う。

*1:一方で、そういう異文化である日本のゲームを受け入れてくれる海外ファンが大勢いることも思い出したい