ビデオゲームとイリンクスのほとり

ビデオゲームを中心としたレビュー・コラム記事です。 映画の感想は『映画と映像とテキストと』というブログに書いてます。https://turque-moviereview.hatenablog.com/ Twitter ID: @turqu_boardgame

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『Outer Wilds』をクリアして思う、そこはかとない不満と自らの落ち着きのないゲームライフ

ようやくクリアした『Outer Wilds』。正直、長かった。この苦しい戦いに一応の勝利を収められた事は、すごい達成感であるとともに、これぞインディーゲームの醍醐味だと喝采を贈りたくなる。ただ、ネットでの多くの賛辞に同意しつつも、どこかこの作品にはわだかまりも感じる。正直言うとメタクリティックスの85点(2020.07.20時点、PC版)がとても納得というか、傑作!というには少し足りてなくて、でもその足りてなさこそがこの作品の魅力でもあるんだろうなと感じる。もちろん85点でも十分に高得点ではあるだろうが、なんだかネットでは無類の傑作であるというような雰囲気もあるので、「もちろん名作ではあるけど、どこか不満もあって、でもその不満ってなんなんだろうな」ということを少し書いてみたい。なお、以下、攻略上のネタバレがいくつかあるので注意して欲しい。(ただ、大したネタバレはない)

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難易度のペースが最後まで一定

このゲームは序盤に壁がある、というのは多くのブログや感想でも言われている通りで、確かに冒険初期の訳の分からないまま世界を探索させられるスタイルは人を選ぶ。ゲームの中で色々と発見したり読んだりしてもその価値がよく分からないし、そうした宙吊りのまま情報を洪水のように浴びせられるのは辛さがある。しかし、ある程度のゲーマーであれば、「それはそれ」として受け止められるように思う。特にビデオゲームというのはやり始めこそが最もモチベーションが高く、それが終盤に向かうにつれてどんどんと目減りしていくもの。序盤の苦難はそういう意味では意外に多くのプレイヤーが乗り越えるのではないだろうか。

 

問題はむしろその後にある。最初に自分が「このゲーム、キツイかもな」と思ったのは燃え盛る双子星の「アンコウ化石」のところだ。踏み石の洞窟から、どうやら行けることは分かる。アンコウ化石の高台から光(リトル・スカウト)を投げ込んで目印にするんだろうことも分かる。しかし砂が埋まってくるという焦りと、ハッキリとルートが明示されているわけではない中で、アンコウ化石に至るのはとても辛かった。上手いこと光が投げ込めるともっと簡単になったんだろうが、初回の私のアンコウ化石への到達はほぼ偶然という感じだった。この手探りで進む感じは本作の醍醐味であるとともに、このノリがずっと続くなら最後まで頑張れないかもなと思った。また、「これ正解かも」というルートが間違っているという微妙な罠もあったりして、それが辛さを倍増する。なにより正解に到達できても「すごい秘密」とか「すごいアイテム」が手に入るわけではない。苦労した割には世界の秘密の3%程度がテキストで開示されるだけだ。貰えるものが少ない冒険を続けていくのは辛い。案の定、このぐらいのキツさが最後まで続く。しかしこれが「美しさ」であるというのも理解できる。とかくビデオゲームにおいて強さや数値がインフレしていくのは、貰えるものを絶やさないことでプレイヤーのモチベーションを維持させていくためだ。これはある意味、家畜的でもあり下品でもある。エサに釣られる家畜としてのプレイヤーという現代ビデオゲームが孕む疎外性へのカウンターとして、本作には辛さとそれがゆえの美しさがある。そうは思うのだが、やはりこのキツい謎解きをひたすらにやらされ続けるのは、かなり疲れてしまい、後半は「早く終わってくれ」と念じるような気持ちであった。

 

ただ待つことの辛さ

本作は22分を繰り返すというシステムであるため、太陽なき街の謎解きをしていた途中で次のようなことが頭を過ぎった。「ある程度の時間を待って、ようやく解法が現れるタイプの謎解きがあったら、すごく面倒だな」と。実際に、脆い空洞の量子知識の塔と灰の双子星のワープの塔(太陽と双子星)には、その手のタイプの謎解きがあった。しかしこのタイプの謎解きは、途中で失敗すると、また同じ時間だけ待たないと解くことができない。これがとにかく面倒だった。多分、この辺りに答えがあるんだろうな、と試すのだが、上手くいかない時がある。少しやり方を訂正して、それを改めて確認するためには、また待たなければならない。また、何をすれば良いかわかっているのに、ちょっとした操作ミスでやり直しになり、また待つ羽目になる。そういうことを繰り返すと、さすがに嫌になってしまう。若干の救済措置はあって、焚き火で「ウトウトする」ことで時間経過させることができる。しかし、それもすぐに1分とか2分を経過させることはできなくて、しばらく待たなくてはならない。例えば10分という数字を指定して、すぐに10分経過したことにできれば良いのだが、そうはなっていない。この辺りの「面倒くささ」は作り手の美学であり、意図的なものを感じる。クリア後のように、作り手のことを信頼しきった状態で振り返ると、この「ただ待つ」仕様も特に大きな問題はないと思えるが、プレイ途中の半信半疑な状態では辛さがあった。

 

ローカライズの問題

脱字が度々ある。このゲームは入手したテキストだけが、唯一の自分の「獲得したもの」であるので、そこに間違いがあるととても悲しい。また、量子の月の祭壇にある3つのメッセージ。これなんかは単純に「量子ゆらぎ*1」と書くべきところが「量子イメージング」として誤って書かれているのではないだろうか。航行記録には正しく書かれているので、クリア上は問題ないが、最後の最後にこうだとやはり悲しい。

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生き急ぐように何本もゲームを遊びたい人には辛いかもしれない

クリアした今、『Outer Wilds』は素晴らしい作品だと気持ち良く振り返ることはできる。しかし、これをやっている間はなかなか辛かった。「このゲームにこれだけの時間を掛ける価値があるのかなぁ」「こんな『MYST』みたいなゲームを今更遊ぶ価値あるのかなぁ」と感じながらプレイしていた。しかし、それもこれも、もっと余裕を持ってプレイできていたら、こんな風には思わなかったのかもしれない。素晴らしい「難しさ」だったと思うけれど、どこかプレイヤー側が完全に作り手のことを信頼しきってあげないと、その気持ちを維持し続けることが難しい作品だった。このゲームを何十時間もかけてゆっくりじっくり味わって悩んでクリアする、そんな余裕あるプレイをした人こそ、本作を本当の意味で味わうことができた人だろう。もしそんな人がいたら、そういうゲーム生活を送れることに強い羨望を感じる。生き急ぐように新作ゲームを食い散らかす自分のようなプレイヤーには微妙に合わないゲームだったのかもしれない。そんなことをあの素晴らしいエンディングを見ながら、少し切ない思いで考えたりした。

 

*1:量子もつれ」の方がより適切なような気もするが、どうなんだろう。ちなみに英語では"quantum entanglement"と書かれている。