ビデオゲームとイリンクスのほとり

ビデオゲームや映画を中心としたレビュー・コラム記事です。 Twitter ID: @turqu_boardgame

映画などの感想についてはこちら『映画と映像とテキストと』で書いています。

 

 

『ゼルダ無双』と『FE無双』の敵の湧き方が気に入らない

ゼルダ無双』も『FE無双(ファイアーエムブレム 無双)』も、どちらの作品も、それなりに良くできているとは思う。しかし両作品ともに、敵の湧き方がとても気に入らない。同じような感想を持つ人もいるだろうと思うので、書き記しておきたい。

 

昔の真・三国無双では、もう少し敵の出現に節度があった。拠点からしか敵は出てこない(ように感じられた)し、倒したはずの敵の集団がいつの間にか後ろにたくさん再び湧いている、なんてこともあまりなかった筈だ*1。さんざんぱら敵を倒した筈なのに、また敵が無限に湧くように現れるのでは、無双がかつて持っていたプチプチを潰す喜びを毀損しているのでないかと思う。プチプチを潰すのは、その行為自体が楽しいだけではなく、プチプチを潰したその面積、その成果を確認することも楽しいのだ*2。赤い敵の点の塊が、どんどんと無くなっていき、「キレイに」なっていくこと、この快感を『ゼルダ無双』も『FE無双』も忘れてしまっているように感じられた*3

 

もちろん、敵一体一体を丁寧に倒していく楽しさよりも、一撃で死ぬ敵をバッサバッサと大量に配置する方が快感度は高いという判断なのだろうと思う。しかし、無双ゲームにこんなことを言うのもおかしいのだけど、『ゼルダ無双』も『FE無双』も敵一体一体の存在価値を下げすぎている。倒した敵を、その倒した事の結果を確認できるようにして欲しい。もう少し、大量にいた敵を倒した後の、ガランとした広場を見る喜びを大切にして欲しい。そうでなければ、あまりにもプレイヤーの行為が虚無的すぎる。

 

私が言う、この感覚を愛する者もいると思う。特に最近のコラボ無双の中では『ゼルダ無双』と『FE無双』は比較的評価が高いので、余計に心配になる。両作品ともに楽しいゲームであることは間違いない。しかしかつての無双ゲームを愛する者として、ただK.O.カウントを上げる事に重きを置く方向性に、今後の無双シリーズが凝り固まらないように是非してほしいところだ。

 

■追記(2020.01.12)

真・三国無双7 with 猛将伝』をひさしぶりにプレイしてみたが、やはり全く敵を倒すときの手応えが違う。こちらの方が遥かに気持ちがいい。そして、倒せばちゃんと敵が減ることを実感できる点も好みに合っている。『ゼルダ無双』や『FE無双』のようなコラボ無双が分かりやすい快感をお手軽に味わえる方向に進むのも理解できるが、アクションゲームとしての矜持を完全に失った調整をしているように思えて悲しい気持ちになる。でも、『ゼルダ無双』も『FE無双』も好きな人が多い。実に悲しい。

 

*1:マシンスペックが足らなくて表示できないというのなら、そんなに敵を大量に出さないでいいように敵を固くしてほしい。

*2:その点、「ムゲンプチプチ」という商品は、わかってないなと思わざるを得ない

*3:「忘れてしまっている」と書いてはいるが、コラボ系無双は伝統的にこういういきなり敵がその場で湧いてくる仕様なのかもしれない。あいにくとコラボ無双でプレイしたことがあるのが、『ガンダム無双』くらいであり、記憶も曖昧なのだが、当時からそうだったのかもしれない。